2010年12月15日

ヒマラヤトレッキングについて真剣に考察してみる




 前回のメールで「時期尚早」などと書いたのですが、実際はなんとなくあこがれている程度であってヒマラヤについては何も知りませんでした。 夢枕獏の「神々の山稜」を読んだ程度です。 (ま、アレは自分が行くような山とは別の世界なんだけど・・・)

 しかし、昨日からヒマラヤトレッキングが気になってしょうがない。
なぜなら、私の知っている子のふくちゃんが、最近、チベットを越えて、エベレスト街道をトレッキングしカトマンズに下りて来たと知ったから。 (日曜日、mixiで彼女の日記を読んで気が付いた)
 バックパッカーで、オーストラリアからアジアや中東、世界中をを旅している子なのですが、突然登山に目覚めたのか、ヒマラヤが呼んだのかわかりませんが、5500m登ってきたそうです。

 彼女とお別れしたのが3年前(友人という程の付き合いではないのですが、隣の部屋に住んでいたのです)。 オーストラリアで働いた後、世界一周の一人旅を始めて2年・・・旅先で出会った仲間3人に誘われランタン谷に行ってからトレッキングの魅力に取りつかれて、その後一人でエベレスト街道を行ったのだそうです。
 街道を隅々まで満喫したらしく、ゴーキョー、カラパタール、チュクンリ(無許可でいいの?)からの景色(写真)が美しくうらやましい。 街道は欧米人トレッカー、ガイド、ポーター等で賑やかだそうですが、ゴーキョー村からレンジョのピークへの道では誰もいなくて、7時間後にやっと村民一人を見て安堵したとか。

 彼女は、体質的に高山病にはかからなかったようです。 頭痛程度だそうで、そういう人はうらやましいですね。 トレッキングの前にはラサに居たのですでに順応出来ていたというもあるのでしょうが。 (高山病で5150m地点からヘリで救急移送されたり、一気に登って死亡した白人を見たと言ってました)
しかし・・・すげー女だ

引用
16泊17日シャワー浴びず、
村の共同水場を見つけたり、川を見つけたらそこで手足や顔を洗い
洋服を洗い、タオルを濡らして体を拭いておりました。
標高が上がれば上がるほど寒くなり、そのうち室内温度は『-8℃』に。
そんな中、「うぉぉぉぉ~~」って叫び声をあげながら
果敢にも半分凍っている川の水で顔を洗うと…
顔がシモヤケになるんじゃないか?って心配になったり
髪の毛を洗うと… 頭がカキ氷みたいになりました
引用おわり

(お湯、シャワーは別料金。バックパッカーは予算にシビアなのです)。
彼女、次はアンナプルナトレッキングに行くとか・・・
身近な人が行ったところは親近感と興味がわきます。

 それで気になってヒマラヤトレッキングについて調べたのですが、高山病対策が出来て体力があれば誰でも行けそうな所なんですね。 (そういう意味ならキリマンジャロもそうなんだけど・・・) 知らなかったです。 徒歩三時間おきにロッジがあるし。 まさに街道、リゾートです。 大部分の道は登山道ではない。 なんだ、5500m程度ならば一人でもいけるじゃんか・・・・なんて思ってしまいました。 (これが、6000m越なら話は別なんですが)

 そろそろ、鈴木アンナプルナ隊出発ですね。
もしも、15キロのバックパックを背負ったややぽっちゃりした日本人女性(33歳)を見かけたら「あなたは、ふくちゃんですか?」と、お訊ねになってみてください、と鈴木さんに頼んで(?)おきました。

  

Posted by さだやん at 18:08Comments(0)TrackBack(0)ゲストルーム

2010年12月08日

唐沢山行記 




【ダメ人間の午前】

また寝坊した・・・
 携帯のアラームが鳴ったのは4時半であったが、画面を見ると今は亡き師匠の顔写真(馬なんですけど)の上に06:38と表示されている。
空白の2時間、いったい私は何をしていたのだろう・・・(寝てたんでしょ)
いつもそうであるが、こういう時は絶望してさらにフテ寝をする。

日帰りで山に行こうと思ったのに、早朝起きられないことがよくある。
日帰りだといまひとつ盛り上がらないらしい。

 今時は日が短いので、出発が遅れれば行動時間が短くなってしまうし、夏であれば気温が高くなってしまう。平日はラッシュアワーも避けたいから、始発あたりの電車で行きたい。
だから寝坊すれば(今日はもうダメ 中止!)と、なる。 

 しかし、今日もまた計画不実行のダメ人間として一日過ごすのはいやだ。
天気もいいし、お弁当の稲荷寿司もせっかく作ってあるんだし・・・7時半にもそもそと起きて今からどこへ行けるのか考えた。
ラッシュを避けるとすれば、下りの私鉄で行ける所しかない。 
沿線の山で、行ったことのない所に行こう。出来るだけ近いところに。

 鉄道会社が発行しているハイキングガイドをとっくり眺めて、栃木県佐野市にあ沢山に決めた。
低山だが、何箇所かピークがあり、縦走気分が楽しめそうだ。
しかし、昼間は1時間に1本しか電車のないローカルな佐野線に接続するため、10時半の到着になってしまう。まあ今日は軽く行くか~とのんびり構えて朝食を摂り、家を出て、これまたのんびりと駅のスタバでコーヒーとスコーンを買っていたら・・・ なんと電車に乗り遅れた。
 次に接続する電車まで時間があるので、途中下車して喫茶店のモーニングを食べ、11時32分に登山口のある駅に到着した。わかってるさ。 こういう日は何をやっても後手後手に回るんだ・・・。

(そのせいで、今日は朝食を2回食べてる。さらにおやつも コーヒーはもう3杯以上飲んでいる・・・)

【それ、地平線ですかぁ?】

 駅から車道をてくてく歩いて、途中から登山道に入る。20分程度緩やかな山道を歩いていたら、もう最初のピーク。ささやかな標識がある。

イモリ山・・・?
こんな山名、地図に載っていない。
地勢図では標高点になっている・・・。 

 眺望のよい地点に来ると、いつもながら関東平野の広さに圧倒される。空気の澄んだ日であれば、東京のビル群と、その後ろの丹沢山塊と、大きな富士山がよりくっきり見えるだろう。
しかし今日は、南の東京方面も東の茨城方面も、はるか彼方は霞んでいて、その先どこまでも続いているかのように見えた。
 誰かが、東京方面を見て「地平線が見える!」と感動している。本当の地平線を見たことがあればわかると思うけど(見たことなくても頭で考えればわかると思うけど)それ、違うよなあ・・・。

(ちなみに本州で地平線の見える所はないと思っていたけど、榛名山まで行けば、筑波山の南、霞ヶ浦方面に地平線が見えるとのウワサ・・・)

 さらに小ピークを数回登ったり降りたりして、あっという間に頂上間近の唐沢山レストハウスに到達。
つまんないので、いったん違う方面に下山してまた登り返してみたりして・・・。

【山登りというよりは・・・】

 この山の山頂付近一帯は、かつて山城であった。 
伝承によれば平安時代、平将門の乱を静定し、近江三上山のムカデ退治伝説の主人公となった藤原秀郷が築城したそうな。 ちなみにこの大ムカデ、落語「矢橋船」にも登場。 「三上山を七巻き半と聞けばすごいが、実は八巻き(鉢巻)にちょっと足りない」とか・・・。 しかし、江戸初期に山城廃止令で廃城となってしまい、今は城跡は秀郷を祀った神社となっている。 だから、ここはお城の城壁だった石垣のある珍しい神社なのである。

ああ・・・山登りというより、史跡ハイクの雰囲気になってしまった。 (私は歴女ではな~い)

 ここは神社だけあって、もみじがたくさん植えてあり、紅葉が見事だ。狙って行ったわけではないが、ちょうど見ごろである。 若草色、黄色、オレンジ色、そして真っ赤なもみじがちょうどいい塩梅に配置されていて、青空を背景にそれぞれの一番綺麗な色を重ね合い、競いあっているのだ。 これは、すごい! ピンポイントで京都に負けてないぞ! 

たぶん。 
きっと。 
ね。 

 めったに写真はとらない私も、あまりに見事さに、携帯のカメラを構えてみる。 けれど、いろいろ位置を変えても、逆光のせいもあり技術のせいもありその他いろんなせいもありで色が飛んでしまう・・・撮影やめ。
 三脚と高級一眼レフカメラを持って本気オーラを発しているおじさん達があちこちに陣地を張っている。 長期戦で臨むのだな。 ここは、地元の写真マニアには有名な場所で、紅葉だけでなく、日の出、夕暮れの撮影スポットでもあるらしい。(知らんかった) 車でも城址まで来れるので、観光客もたくさん来ている。 

「こんな綺麗なの、初めて見た!」

と感嘆の声を上げながらあちこちで記念撮影をしていて実ににぎやかだ。 
ああ・・・山登りというより、紅葉狩りの雰囲気になってしまった。

 さて、一体頂上はどこなんだろうか。 たぶん、一番高い本丸跡にある神社本殿だったのだ、と思うことにしてその先の縦走路を探せ! 
 城址の裏には、昭和のレジャーブームで建設されたであろう青年の家とかキャンプ場の跡があり、見苦しく、寒々しい。 さっさと通り過ぎて、落ち葉をサクサク踏みながら稜線歩きに入る。 ここまで来ると誰もいない。 眺望はないが、適度にアップダウンがあり、辛くもなく、けれど楽でもないという、冬季自主トレにはたいへんよさそうな道だ。 

 後で知ったが、このミニ山脈からは、時々自主トレに行っている太平山(栃木県大平町)とハイキング道でつながっている。 いったん里に下りるものの20Km以上たっぷりと里山歩きと稜線歩きが楽しめそう。 今冬の自主トレはこれですな、寝坊さえしなければ・・・。 今日は時間を切って、午後3時を過ぎたら引き返そうと決めていたので、途中でもと来た道を折り返した。

城址まで戻る。 

 車で来れる場所のせいか、夕方になっても結構人がいる。 こちらも、ついのんびりして、オレンジがかってきた夕日に照る紅葉の下でぶらぶらした。 山を下りて住宅街を駅まで歩いている時頃、真っ暗になった。 ダメ人間が山に行くと、明るいうちに帰れな・・・くたって、つまづいたっていいじゃないかにんげんだもの相田みつを。
 夕方の田舎の駅は学生しかいない。 コンビニで買ったあたたかい肉まんを食べながら無人駅で電車を待った。 

                          完

  

Posted by さだやん at 15:41Comments(0)TrackBack(0)ゲストルーム

2010年12月07日

浅間山行



11月13日、浅間山に登った。 

 12日に移動して高峰温泉に泊まり、13日朝、浅間山の前掛山に登って天狗温泉・浅間山荘に下山する。夜はその浅間山荘で宴会・宿泊、というプランである。 単独で一日山に登るのに温泉に2泊もし、かつ宴会になるのはなぜかと言うと、登山の翌日の14日は知人のあまりんが主催するエンデュランス(馬の耐久レース)の手伝いがあるからだ。

【ボランティアにかりだされる】

 浅間山の山麓へは、馬で野外騎乗(トレッキング)を楽しむために時々訪れていたが、自分の脚で歩いたことはなかった。今年の秋にでも登山に行ってみようと思っていた矢先、10月半ばの紅葉の頃だったが、福島の山に4日間籠っている間にあまりんから留守番電話が入っていた。
折り返し電話すると・・・

「あ、おね~さん、どこ行ってたの? あのさぁ~、今度秋に来るって言ってたよね?」
「ええ、そうなんですけど、メールしたのに返事なかったから、気が変わって紅葉を見に福島の山に行っちゃいましたよ!」
「え? そうなの? 送信者が日本語じゃないと迷惑メールだと思って消しちゃったかもなあ」 (こら、おっさん! 件名は日本語でしょうがっ!)

「じゃあ再送しますよ。 ところでご用件はなんでしょか?」
「ほら、このまえさ、競技会手伝ってくれるって言ってたじゃない。 ボランティアでさ。 こっちは紅葉はこれからだよ」  (え? ホントにやるの? あれは、いつかきっとかなう夢の話かと・・・) 
「ええ・・と・・・そうでしたっけ?」
「でね、11月14日に浅間でエンデュランス大会を主催するからさ、何時でにいいから13日から泊りで来てよ」 との依頼であった。

 ちなみに、私はあまりんの所で修業しているわけでも、居候していたわけでも、会員でも、サポーターでも借りがあるわけでもなんでもない。 
時々馬に乗りに来る客なのだ。れっきとした、お客様のはずなのだ。
なのに付き合いのよい私は、14日の別の予定をキャンセルして浅間へボランティアに行くことになってしまったのだ。
 ボランティアの内容は、作業の具体的な指示・内容がいっさい来ないことから、べつに居ても居なくてもよいような簡単な雑用と思われた。 実態はどうやら「枯れ木も山の賑わい」的要員なんだな。 
と、いうわけで、浅間山登山は自動的に13日に決定したのであった。
 都合のいいことに、競技会の会場は浅間山登山口でもある浅間山荘だ。山から下りてきて忽然と登場するボランティア。かっこいいではないか。 

あまりん、待ってろよ!  続きを読む

Posted by さだやん at 17:34Comments(0)TrackBack(0)ゲストルーム

2010年12月02日

涙と吹雪の燕岳山行記



【これまでのあらすじ】

 決死の覚悟で臨んだ台風決行の「新雪の常念岳登山」であったが、天気は霧雨で新雪も融けていてた。すっかり拍子抜けした私は、夜になって降った雨が高所では雪であることを期待ながら安曇野に沈殿していたのであったが・・・

【登山開始】

 11月2日(火)の朝はすっきりと晴れた。昨夜の雨は山ではやはり雪だったようだ。北アの白い稜線が朝日に輝いている。 am6:50の穂高発の始発のバスにのり中房温泉に向かう。乗客は私ひとりである。バスの運転手が、この時期に2000mクラスの有明山に雪が付くのは珍しいと言っている。



am7:42登山開始。
第一ベンチを過ぎたころからうっすらと雪が付き始めてた。昨夜の雪だろう。
 独りで歩いていたが、雪の上に先行者の足跡があって同志がいるようで心強い。先行者は2人のようだ。気が付くと天気は曇りになっていた。 
 雪はだんだん深くなっている。先行者の足跡の歩幅が広くて同じように歩けず、岩場の急坂でとんでもない処に足をおいてしまうことがある。
吹きだまりにうっかり脚をとられると腿まですっぽりはまるくらい雪があった。 



途中、異様に荷物の少ない単独のおじさんに抜かされる。道の状態に関係なく歩き方のリズムが一定で、一見ゆっくりとした歩みに見えるのにどんどん距離が開いてしまった。 (おじさんは小屋の人だった)
第三ベンチあたりまでは、夏と同じスピードで登れていたが、雪が深くなると同時に時間がかかるようになってきた。知らないうちに疲労感が増している。そのころから、タイムのことは考えなくなってくる。
サラサラの雪の急坂でうっかり変な方向に転倒すると、そのままずるずると滑落してしまいそうで怖い。気が付くと雪が降っていた。
やっとの思いで合戦小屋に到着する。

しかし・・・  続きを読む

Posted by さだやん at 16:42Comments(0)TrackBack(0)ゲストルーム